葬式壊し

葬式壊し


   一、暗闇と祖父

 暗闇は、何歳になっても怖い。左右に建ち並ぶ家に挟まれ、街灯がぽつ、ぽつと照らす細い夜道を一人で歩かねばならない。家と家の隙間の死角に、何かが出てきそうな闇がぽっかりとできている。その横を抜けて家路に就く私というのは、仮にも一人のか弱い女である。
 冷たい風が、真横から吹き付けてくる。少し脇へよろめいて、その先にある闇に近付ききそうになるだけで一瞬どきりとする。すぐに体勢を立て直して、また早足に歩き始める。
 もうすっかり秋だね。秋晴れだね――そんなことを昼間同僚と喋っていた。今も空には雲ひとつなく、そして冷える。私はもうコートを引っ張り出している。会社の制服の上に、大したものでないが真っ白な(雪のように真っ白な)コート、スカートの下には生意気にもストッキングなど履いている。
 そうだ、この秋晴れの――と言うのは少し苦しいかもしれないが、きっと穏やかな午後だったのだろう。私の祖父が死んだ。遠い田舎の病院で、病気だったが、まあ老衰のようなものである。夕方頃会社に母から電話があって知ったのだ。数日前、病室の窓から見える銀杏の葉が綺麗だとか電話で言っていた。きっとそれを見ながら死んだのだろう。

   二、葬式壊し

 部屋に入り、コートを脱いだ。するととたんに空腹が首をもたげてきた。服を着替えるのももどかしく、制服の上着を脱いでブラウスをスカートから出し、その辺にだらしなく放置してあったカーディガンを羽織ってキッチンに向かう。これだけでも大分体が解放された心持がする。
 自分で言うのも何だが、私は料理が下手である。自慢するのではないがこれでもお嬢様育ちなので、そんなことをする必要に迫られたことがなかったのだ。大学を卒業するまでは、まるで親鳥のお腹の下の雛鳥のように大事に育てられてきた。これは鉄壁のガードである。冗談ではない、――これではお菓子の家に軟禁されるようなものだ。いくらお菓子が好きだって、そればっかり食べてはいられない。生まれてこの方自分に恋人というものが一度もなかったのも、その所為ということに勝手に決めてしまっている。それで今年の春、必死の思いで「脱走」をして故郷を飛び出してきたのだが、それがこんな目に遭うことになってしまった。
 それでもご飯を自分で作るのを辞めないのは、母の隠れた教育の所為である。幼い頃からカップ麺など殆ど食べた事がなく、外食でもハンバーガーなどは論外として、普通のレストランや飲食店にさえ数えるほどしか連れて行ってもらった覚えがない。しかし母の手料理はお店で食べるのよりも美味しかったので私も文句は言わず、それどころか皆そんなものなんだろうとばかり思っていた。
 ところがそうして大きくなってみると不思議なもので、味がどうこうよりもまず外で食べること自体が何か苦痛をもたらす事のように感じ始めてしまった。それでコンビニでお弁当を買ってきてみたりもしたのだが、やはり何か「はてな」と思ってしまう。とにかく何だかんだで、結局は不味くても自分で作るのが一番だと一人納得してしまった。

 お料理の最中だが、寂しいのでテレビを点けた。黒い画面に全国向けニュースの青い背景が浮かび、いつもならすぐにチャンネルを変えてしまうところだが、今日はそのままにしておく。実は一つ「お目当て」があるのだ。
 しばらくして「そうしきこわし」という単語が聞こえた瞬間、「来た!」と思った。私は料理する手を止め(勿論一緒に火も止めた。いくら馬鹿でもここで料理を焦がすようなへまはしない)、テレビの声に聞き入った。
 「葬式壊し」とは、最近世間を騒がせている「怪獣」のことである。ニュースや新聞では「未確認生物」とか、俗称でも「妖怪」や「化け物」といった言い方しかされていないが私は怪獣だと思っている。理由は後で説明するが、とにかくここ一ヶ月ほど前から、そんな胡散臭い記事が未だかつてない勢いでこの日本を駆け巡っている。妖怪(怪獣)の主な特徴としてはその名の通り、お通夜やお葬式をやっているところに突然ドアや窓を突き破って乱入し、何もかもぶち壊しにしてしまうというもの。だが、恐ろしいのはその後である。突如として会場に現れるその妖怪は何と、その式の主役の身体、つまりは遺体を……こんな表現は少々残酷だが「貪って」いくのだ。無論誰も恐ろしくて近寄ることもできず、写真もまだない。しかし驚くべきことには、その式に出た人達が皆口を揃えて「見た」と証言するのだ。それどころか実際、現場にあった棺桶から遺体が――「抜け殻」とは言え、仮にも一人の人間の身体がまるで煙のように「ぽっ」と消えてしまっている。そして極め付けには、会場の扉などが派手に壊され、無残な破片となった写真までちゃんと残されているのだ(これは妖怪が扉に頭をガンガン打ち付けて破壊しているところを見たという人がある)。こんな事件が一件や二件ではない、それも通夜やお葬式だけに留まらず、人の遺体が安置されていた人家や病院で似たようなことがあったり、また事故などで死んだ人の亡骸が目を離した刹那いつの間にやらそこから消え失せていたりというのも合わせると、この一ヶ月に全国で二十件も報告されている。

 そこで、普段から世間のことに全く関心のない私もこの件に関してはニュースや新聞に飛びつかずにいられない(我ながらワイドショー好きなオバサンのようだ)。ところが今夜のニュースときたら、そのあまりのつまらなさに失望してしまった。お葬式の最中に遺体を食べられた遺族の人たちが、その葬式場を運営している会社を相手に裁判を起こしたという話だった。不健康そうな顔のキャスターがその事実を淀みなく読み上げた後すぐに画面が変わり、主役である遺族の人のインタビューと、葬式会社側のコメントが流れた。
 これはあんまりである。萎んだ風船のようになってしまった、つい先程までの、私のあのぞくぞくした気持ちを返して欲しいと思う。
 こういうのを世の中では不謹慎というのだろうか。だけど一つだけ屁理屈を言わせて貰えば、これは人が死ぬニュースではないのだ。死んだ後にどうなったからって、別に本人は気にしないんじゃないか――こんな台詞をもし街中で叫ぼうものなら、私は八つ裂きにされてしまうだろうか。

   三、もったいないおばけ

 本日の私の晩御飯が完成した。と言っても、大したものは作れない。ご飯、野菜炒めに、そしてオムレツ。このオムレツが、恥ずかしながら最近の私の課題である。何度やっても失敗してしまうのだ。料理の本に載っているような、ふっくらとした感じには一向にならず、味付けも母のものとは程遠い。それで、最近私の朝食と夕飯には必ずこのオムレツが入っている。
 ところで、先程私は「葬式壊し」のことを、妖怪ではなく怪獣だと思っていると言った。その理由を説明しよう。実はこの「葬式壊し」には、まるで男の子が見る特撮ヒーロー物の怪獣よろしく「弱点」が存在する。と言っても、ここを攻撃すれば「うわあー、やられた~」と叫んでドーンと爆発、なんてものではない。それは意外にも、生肉。そう、ドラキュラにニンニクのようなものである。当然、人間のでは駄目だ。人の死肉を平気で喰らうくせに、豚や鶏の肉の塊を見ると慌てふためき逃げ出してしまうのである。何とも怪獣っぽいではないか。確かに、弱点を持った妖怪がいてもおかしくはない。が、何よりその変に矛盾した食性を持っているところに何か愛嬌のようなものが感じられ、何かしら生きているものを私に連想させるのである。
 それに、根拠はもう一つある。それはその姿だ。とは言えニュースでも、流石に伝えられていることは支離滅裂である。ハリウッド映画に出てくる宇宙人みたいだったという証言もあれば、雪男のように毛むくじゃらだったと言う人もいる。体の色は茶色というのが一番多かったが、これではとても参考にはならない。勿論「根拠」と言うからには、そんな不確かなものではない。実は、私はその姿を、ちらとだけだがこの目で見たことがあるのである。

 姿と言っても、正確にはシルエットだけである。見たのは二週間程前。まだ「弱点」のことがニュースになる前である。私は会社の送別会に出ていた。その会場がまた奮発したらしく、結構豪華な料理を出すところだった。しかし私にはあまり関係ない。母の手料理以外は皆同じだ。どんなに美味しい料理の味も、何かが抜け落ちた後の穴の中にことごとく吸い込まれていってしまう。残るのはただ「帰りたい」という駄々っ子のような感情だけだ。
 社会人の集まりである。当然、お酒が入る。赤い顔した男の人たち、少しずつ品性を失くしてゆく。そしてお酒が一滴も飲めない私。横から名前を呼ばれ、振り向いたら同僚の人だった。お酒臭い。色々な話題を振りながら、少しずつ顔をこちらに近づけてくる。失礼だと思いつつも、思わず避けるように、少し横へずれて座りなおしてしまった。勿論相手もそれに気付く。そしてクククッと、何か面白いものでも見つけたような甲高い笑い方をしたかと思うと、おもむろに「おい」と向かいの同僚に声を掛けた。
「今の、見た?」
 向こうが首を横に振ると、彼はあろうことか、今の私がした仕草のことを相手に話し始めた。その動きまでちゃんと再現して、である。そして二人して大声でげらげら笑う。何か、とても酸っぱいものを口に含んだような気分だった。生まれてこの方喧嘩もしたことがないような私である。こんな気持ちになったのは初めてだった。顔が熱くなり、下を向いた。それからしばらくの間、情けないことに顔を上げられなかった。

 皆、大方食事を終えた頃だった。低いテーブルの上をふと見回して、抱いた感想は「汚い」だった。色々なものが残っている。女性のところは特に、食べ切れなかった料理が中途半端に手を付けられた状態で放置されている。男の人の前にもちらほら、嫌いなのか空になっていないお皿があった。以降、手を付ける様子もない。他人のことだが、気になってしまう。私の家では、食べ物を残すとそれはもう厳しく叱られた。遠い国では、どんなに食べたくてもそれができない人たちがいるんだぞ、と。そして最後に必ずこう付け加えるのだ――そんな事をしてると、もったいないおばけが出るぞ、と。大真面目にである。
 しかし、人のことは言えない。私の前のお皿やお椀の中も、恥ずかしながらまだ大分残っている。恐らくただでさえ、普通の成人男性の食べる量より少し多め位なのだろう。女子のお腹にはきつい。誰かに食べてもらうという手もあるが、私の向かいと左隣は女子社員がずらり並んでいるし、右は先程の酔った同僚である。頼れる人はいない。それでも私は、何とか全部お腹に入れられまいかと奮闘していた。食べ過ぎて戻してしまっては元も子もないのだが、できる限り残すものを少なくしたかったのである。

 思い出すに、それから少しばかり経ったときだった。ふと目の隅っこに入った一つの窓に、妙な形をした影が映っていたのである。その窓は確か隣のコンビニに面していて、あちら側の換気のための小窓が少し上方に四角い光となって見えている。つい先程まで、向こうの窓から漏れ出す蛍光灯の光はこちらの窓の汚れにぶつかり、それを闇の中にほの白く浮かび上がらせていた。しかし今それが、まるで雑巾で擦って落書きしたみたいにおかしなギサギサ模様に切り抜かれている。何だろう、あれは。何かが向こう側にいるのだ、とはすぐに気付いた。だが、それが何なのかと問われると詰まってしまう。人のようには見えないし、でもいきなり現れたのだから何か生き物だろうと思う。しかしそれにしては大きすぎる。どう考えても、犬や猫の五倍の身長はある。
 考えていると、突然「それ」は動き出した。ぐるりと、方向転換したのだ。今まで横を向いていたのが、正面――つまりこちら側に。そしてこれは私の思い込みだろうが、瞬間「それ」はこちらを見ている、と感じた。この「私」を。人の視線を感じる、ということがあるのならば、今私が「それ」に見られているのが分かってもおかしくはない筈だ。私は確かにそれを感じたのだ。どこが顔なのか、その影のどの辺りに目があり、耳があり、鼻があるのか、そんな事すら全く分からないのに、私は「それ」の視線を感じてしまった。
 
 一瞬の後、ふと冷静になった私は周りを見回した。誰一人として「それ」に気付いてはいないようだった。皆が皆、お酒を飲んだり、大声で話し笑い合ったり、騒ぎ疲れてぐったりしたりしている。この部屋で私だけが、彼らと違った一風奇妙で不気味な世界にいる。一瞬、誰かに言おうかとも思ったが、やはり黙っていることにした。多分、この不思議な感じを独り占めしたかったのだ。その一風奇妙で不気味な世界には、酔っ払いは立ち入り厳禁なのである。
 目を戻すと、もうそこはただの窓になっていた。何か不思議と、しょんぼりした気持ちになる。ただの見間違いだったんだよと、それまでの気分を否定されたようで口惜しかった。やがて会がお開きになり、結局残さざるを得なくなった料理に心の中で「ごめん」と呟いてから、再びあの窓の方を見る。そして先程の、窓に映った特徴ある影の形や、それがぐるりと回ってこちらを向いた(本当にそうだったかは怪しいが)ときの感じなどを思い出しながら、見間違いではない、やはり本当に見たんだと一人思い直す。それがひょっとして今話題になりつつある「葬式壊し」ではないのかと私が気が付いたのは、それから家に帰り、お風呂の中で一人考え事をしていたときのことだった。そして思い出されるそのシルエットは、小さい頃父と一緒に観に行って、トラウマになった映画に出てきた巨大な怪獣そっくりだったのである。

   四、再会

 次の日、朝一の列車で私は田舎に帰った。久しぶりに会った父と母は、以前とは少し変わったようだった。何というのか、二人共前より大分垢抜けた感じがする。死んだ祖父というのは母方の祖父のことで、正直母が精神的に参っていないか心配だったのだが、その点は大丈夫なようで内心ほっとした。しかし土産話に花が咲き、話し込んでいるうち段々と、その両親への違和感が募っていった。前と変わらず、朗らかで優しいお二人のはずなのに、何かが違う。例えるなら、大好きな歌手の曲の感じが突然変化し始めて、悪くはないのだけれど、ああ、もう二度とあの頃のようには戻ってくれないのかと切なくなるような、そんな感じ。私はお母さんっ子であり、お父さんっ子であったのです。だけれど、現にお二人はまだこうして私の前にいらっしゃるわけだし、それにどう変わってもその人はその人である。ああ無常だなんて、私は死んでも思っちゃあいけない。

 例の「弱点」の件がニュースで報道されてから、既に一週間以上が経っている。皆流石に「魔除け」の準備は万端である。今や日本中で、おびただしい数の生肉を建物の周りにぶら下げたシュールな光景にお目にかかることができる。きっと肉屋さんは今頃ほくほくだろう、などと馬鹿なことを考えたりもした。
 そのお陰でもはや、葬儀場が襲撃されたり、遺体が食べられたりといった珍事は殆どなくなっていた。だから昨夜のニュースがあんな感じだったのも、その意味では当然のことである。そしてやはり、私がこちらに来てから執り行われた葬儀にもちゃんと然るべき対策が行われていた。よって内心はらはらしつつも、式は無事に終わりを迎えることとなった。
 私はずっと泣かなかった。祖父のことは好きだった、と思う。昔はとても厳しかったのに、年を追うごとにだんだん優しくなっていった祖父。特別な思い出はなかったが、よく「本を沢山読みなさい」と言って私に本をくれた。その大半は未だに手を付けないまま家の本棚に納まっている。そんな祖父にもう会えないという事実は、実感が沸かないということはないのだけれど、ふとすると忘れてしまいそうになる事実だった。
 
 太陽が徐々に傾き始めた頃。納骨が終わり、親戚一同が集まっての、食事の席。喪主である叔父が、一同に感謝の言葉を読み上げ、それから食事が始まる。
 食べ始めてすぐに、各々が自由に会話し始めた。割合的にはやはり、お年を経た人が多い。そこで流石と言うべきか、あまり重たい雰囲気はない。皆何の遠慮もなく、祖父の生前の話をして盛り上がったりしている。人が死ぬということに関して、私の目に彼らはとても落ち着いて見えた。
 父や母は、よく外食をするようになっていた。祖父の介護に忙しくなってから、価値観が変わってきたのだろう。暗闇にぽつん、と一人取り残されたような寂しい気持ちになりながらも、仕方のないことだと思う。しかし食事の途中ふいに、お前はちゃんと栄養のあるものを食べているのかと父に訊かれたときは、内心とても嬉しかった。私は笑顔で「はい」と答えてあげた。
 料亭の窓から見える西の空は、夕焼けだった。横に薄っすらと伸ばされたような淡い秋の雲が、赤く濃密な光をギラギラと発するようになる。窓の向こうがたまたま空き地で開けていたので、そんな景色が中からよく見えるのである。
 その雲の一筋に、私は見惚れていた。真に何も考えず、ただそれがだんだん暗く切ない色に変わっていくのに見入っていた。ぼけっと、恐らくはとても間の抜けた顔をして――だが、その時である。そんな私の頭から、ばしゃんと冷水を浴びせかけるような事が起こった。窓に映し出された風景は突如、またしてもあの奇妙なギザギザ模様によって切り抜かれたのである。
 表情によって自分の感情を他人に気取られないのを「ポーカーフェイス」というそうだが、そのときの私はある意味完璧なそれだったかもしれない。私の顔は、コンクリートを塗りたくられたように完璧に固まっていた。そして代わりに様々な感情が、火花が散るほどの勢いで私の脳内を著しく駆け巡っていた。ギサギサシルエットの怪獣は、横からすっと窓枠の中に登場してから、しばらくの間じっと動かずにいた。外はもう大分暗くなっていたし、逆光のせいでまたもその輪郭しか私には判らなかった。しかしその怪獣は、少しして微妙に顔をこちらに向けたように見えた。ほんの一瞬である。一瞬後、怪獣は何かに驚いたようにびくりと身体を凍りつかせ、それから目にも留まらぬ速さで窓枠から消え去っていった。
 勿論私は放心状態である。心臓がどきんどきんと鳴っている。――二度目なのだ。「葬式壊し」は二度も私の前に現れた。今のは多分、窓の向こうに人が居ると思っていなかったのだろう。何となく、たまたまあの場所で立ち止まったという感じである。開けた場所だから、周りに人間がいないか気にしながら移動していたのかもしれない。とにかく、状況は以前のときと何も変わらない。訝しげな顔をした両親の声で我に返った私は、何も見なかったのかと彼らに訊いてみたが、二人共首を横に振るばかりだった。他の人たちも同様であることは、その様子を見れば分かる。前と同じ、見たのは完全に私だけなのだ。だが、今度は自信がある。私は周りを省みず席を立つと、お店の玄関まで飛ぶように駆け抜けた。不審がる仲居さんに、咄嗟に携帯電話を出して見せた。ちょっと電話して来ますという仕草である。それであっさり外に通してくれた。何だかサスペンスドラマの主人公のようだ。
 玄関を出て、先程の窓の前にある空き地まで行ってみると、やはりあった。誰がやっているのか綺麗に手入れされた土地で、私のロングスカートに少しかかるぐらいの丈の草が生えている中、少しだけむき出しになった土の上に妙な形が残っている。生まれて初めて見る、「怪獣」の足跡。サイズは三十五センチといったところだろうか……人間なら靴を特注しなければならない。よく見ると、草のあるところにも僅かながら跡が残っている。辿っていくと、どうやら料亭の裏手の路地に入っていったらしい。そしてふと、足元に咲いている小さな花に目が留まった。名前はちょっと分からないが、白くて、可愛い花。心なしか、足跡がそれを避けているようにも見える。そんな訳はないのだろうが、何となく、実はとてもいい奴なんじゃないかという気がしてきて、一人でに笑いがこみ上げてきた。――いけない。私ときたら、すぐこんな下らない空想に耽りそうになってしまう。急に白けたような気分になって、私は料亭に引き返した。日はもう家々の屋根に隠れて見えなくなっていた。
 
   五、路上
 
 あの食事会の後、私は両親にも何も話さなかった。信じないと思ったというよりは、単に面倒だったのである。そして色々と大変なことは全て親や他の親戚の人たちに任せて、次の日の昼にはもう自宅へ帰ってきてしまった。それが仕事復帰の前日のことである。
 あれ以来、私はある妙な誇りを持つようになっていた。身近な人たちの中で、私だけがあの怪獣を見たという事に対する誇りである。勿論実際、「葬式壊し」がお葬式に現れたところに居合わせた人たちはよりはっきりと、嫌と言う程その姿を見せ付けられた筈だ。しかし、あんなに静かで、そして奇妙な遭遇の仕方をした人が他にいるだろうか。異常な混乱の渦の中ではなく、ある意味とても神秘的な雰囲気で――それも二度もである。
 そもそも、あの怪獣は何のためにあんな場所に居たのだろうか。当然それは「えさ」を探す為であったのだろう。しかし……本当にそれだけだろうか。ひょっとしてあの怪獣は、他ならぬこの「私」に用があったのじゃあるまいか。大体、あれだけ窓にくっきりと妙な形が映っているのに、誰も気付かないなんて不自然だ。もしかしたら、私にしか見えないよう向こうが何かしたのではないか。……ここまでいくと考え過ぎだろうか。
 とにかく、単なる偶然とは思えなかった。もし私があの怪獣(怪獣と決まったわけではないが)に追け狙われているのだとしたら決して喜ばしいことではないが、私には、相手がそんなに悪い怪獣とも思えないのである。私を食べるつもりなら、あんなところで姿を現す必要がない。第一、「葬式壊し」は人の死体しか食べないではないか。善良なものである。どんな理由か分からないが、向こうが私に何らかのメッセージを送ろうとしているのであれば、私も少し会ってみたいという気になる。どうせ言葉は通じないのだろうが、せめて顔だけでも見てみたいという気がするのだ。
 
 こちらの住居へ戻ってきてから、数日経った。生活も完全に今まで通りである。毎朝制服の上にコートを羽織って会社へ行き、仕事をし、そして暗い夜道を歩いて帰ってくる。ただその帰路を行く気分だけは、今までと全く違う。それこそ、魔法のメガネを掛けているかのようだ。あんなに恐ろしかった暗闇が、夢に溢れているようにさえ思えてくる。何せ、この闇のどこかに、あの怪獣が潜んで私を待っているかも知れないのだ。子供の頃動物園や水族館で、次に何が出てくるかとわくわく胸を躍らせながら歩いたときのような、そんな気分。歩を進めるにつれ何かしら、ぞくぞくしたものがこみ上げてくるのである。
 本日の帰宅も、やはりそんな気分に包まれていた。会社から私のアパートまでは一キロ程ある。いよいよ家が近くなってきて、あと二つほど十字路を抜ければ我が家という時。突然、背後で奇妙な物音がした。それまで軽快だった私の足取りが、そこで初めて止まった。一瞬の戸惑いの間の後、私は案外すんなりと後ろを振り返った。
 ――居た。十メートル程先の曲がり角のところに、普通の人間のものより少し大きく、特徴のあるその姿が。街灯から離れているので完全には判らないが、肌の色や質感、それに顔の形などが今度はちゃんと見て取れた。
 足元で何か光っている。ペットボトルだ。猫除けのため塀の上に置いてあったのを、誤って落としたのだろう。それに自分で驚いているようだ。体を横に向けたまま、呆気に取られた様子でこちらに顔を向けている。両手に何か持っているように見えるが、体の陰になっていてよく判らない。
 突如はっと我に返ったように、怪獣は慌てて逃げ出した。私に背を向け、必死の体である。そして、その先にある十字路を曲がっていった。
 気付いたら、私はその後を追っていた。角を曲がると、怪獣の姿がかなり遠くに見える。いかにも「おデブちゃん」といった感じの体型をしているのに、意外と素早い。流石に息が上がってしまった。だが、ここまで来たら諦めたくはない。何としてでも、あの怪獣クン(雄か雌か分からないが、私のイメージでは男の子である)と差し向かって、何らかのコミュニケーションをとってみたくなった。
 しかし、流石に向こうは化け物である。あっという間に見失ってしまった。二度目に十字路の角を曲がったときには、もうそこにはただの静かな住宅街があるだけだった。
 この時ばかりは、私も参った。もうかなり遠くへ行ってしまったかもしれないし、探すとなると切りがない。折角のチャンスが、これでもう終わってしまったのか。歯痒くて、地団駄を踏みたい気分だった。
 だがその時ふと、街灯の明かりがぼんやり照らすアスファルトの地面に、不気味な痕が残っているのに気付いた。しゃがんでよく見てみると、血だった。勿論私でも、それが真新しいものかどうかぐらいは判る。間違いなく、それはたった今そこに付いたばかりの血液だった。その時になって初めて、私の背中をぞくりと、今までとは違う感覚が走ったのである。
 血の痕はぽつ、ぽつと何歩か置きに飛び地しながら、道の上を移動していた。私は夢中でそれを辿っていった。これは誰の血なのか、「葬式壊し」が通った後に何故こんなものが残るのかなんて考えていなかった。ただ急き立てられるように、怪獣のあとを追いかけることだけに必死になっていた。
 後で思うと、随分と長い道のりだった。家のすぐ近くから、まるで見たことのない場所まで飛んで行ってしまったのだから。しかしその時はそんなこと気にもせず、幾つもの角を右へ左へと曲がった。そしてふと気が付くと、すぐ目の前にあの怪獣が立っていた。
 細い路地である。当然、人影など見当たらず、街灯もない。ただ、隣の家の窓から漏れてくる光が妙に明るくて、それが怪獣の全身を綺麗に照らし出していた。照らし出してしまっていた。
 向こうを向いていた怪獣がこちらを振り返ったときの顔に、私はまずショックを受けた。驚いた表情……それだけではない。泣いている。――何故そう思ったのだろうか。涙など出てはいなかったのに、何故かそう見えたのだ。そして何より、その口――。中に見えている歯は、赤い色に、血の色に濡れていた。
 私が息を飲んでそれを見つめていると、向こうの表情は、何かより複雑なものに変化した。ぎょろりとして、けれど優しそうな目が何か言いようのないものを湛えて、真っ直ぐに私の方を見ていた。そしてそれから怪獣はゆっくりと、身体の全体をこちらに向けた。同時に、その手に抱えているものも私の視界の中に現れる。――男の人だった。着ているものは、灰色のスーツ――白い着物には見えない。それに見たくはなかったけれど、ちらと、上着が赤く染まった部分が見えてしまった。もう駄目である。私は堪え切れず、叫び声を上げた。
 
 その後、どうしたかはよく覚えていない。私は堅く目を瞑り、そのまま何時間もそこに立っていたような気がする。寿命が縮むような思いで再び目を開けたときには、もうそこには何も居なかった。それからまた血の痕を伝って家に帰ったのだろうが、どうもはっきりした記憶がない。何時に帰ってきて、何時に寝たかも全く分からない。ただ起きたら、制服のまま布団も被らずにベッドの上に居た。
 しかし、あの場面だけは何故かはっきり覚えている。夢を見たという気も全くしない。特に、あのとき怪獣が私を見つめていたあの目は……。これまで私は人から(そう、人からさえ)、あんな目をされたことはなかった。まるでとても困っている子供が、「ママ、どうすればいいの」と母親を見るような目。今思えば、あの怪獣は初めて私を見たときから、ずっとあの目を私に向けていたのだろうか。そう思うととても居た堪れない気持ちになるのである。おお、健気な奴よ。もし私が死んだなら、その抜け殻はお前にあげるのに。
 あのとき思わず叫び声を上げてしまったことを、私は後悔している。その声を聞いたあの怪獣は、どれ程残念そうな顔をしただろう。もしもう一度「彼」に会えるのなら、まずは「ごめん」と言い、そして、どこかのヒーローみたく「私の左腕をお食べ」などとは言えないけれど、一言「君は悪くない」と言ってあげたいのだ。だが、どれだけ会いたいと思っても、あれ以来もう二度とあの怪獣は私の前には現れない。

「完」